2018年4月18日水曜日

第1回川口パンフェスティバルに新井宿「hoppe*hoppe」が出店します。


第1回川口パンフェスティバル


開催日:4月21日(土)22日(日)開催場所:川口アリオ



新井宿ではおなじみのパン屋さん
「hoppe*hoppe」ほっぺ*ほっぺも出店!

新井宿産の夏ミカンを使用した
夏みかんぶれっど】【夏みかんぱん】を
中心としたパンを販売します!


夏みかんの香りがいっぱい♪のパンです。

期間中はHoppe*hoppe内でチラシ配布しています。
お気軽にお声掛けください。



※「hoppe*hoppe」ほっぺ*ほっぺは
22日(日)のみ参加です。


売り切れ次第終了です。



JCOMでパンフェスティバルの紹介が放映されます。

◆「デイリーニュース川口・戸田」 

◆4月18日(水)

①18:00~ ②20:30~ ③23:00

◆地デジ11ch「J:COMチャンネル」
◆川口・戸田市内のケーブルテレビ
J:COMサービス提供エリアで放送


「パン好き必見!」のパンのイベント。
いろいろなパンが楽しめるパンフェスに行って美味しいパンをチェックしよう!


「hoppe*hoppe」
川口市西新井宿南原103-4
TEL 048-286-5733

2018年4月17日火曜日

第7回バスツアー「桜の比企秩父を巡る」報告

4月7日第7回歴史バスツアー「桜の比企秩父を巡る」に行ってきました。当初雨の予報でしたが、何とかまぬがれ、最後まで無事楽しく帰ってきました。ただ、桜が全く咲いていなかったので閉口しましたが。
最初の立ち寄り先は東秩父村の「和紙の里」。世界遺産の細川紙がテーマの道の駅です。
 かつて和紙を作っていた古民家。昔はこのような民家で家庭内工業として和紙を作っていたことがわかります。
 細川紙の歴史や東秩父村の歴史がわかるギャラリー
最近できた農産物直売。この他和紙製品のお土産屋や手漉き体験ができる製作場などがあります。
和紙の里を出て、途中酒蔵により、昼食をとる。そして午後は寄居にある県立川の博物館に行きました。
 川の博物館のシンボルである巨大水車。
 一同余りの大きさにびっくり
 川の博物館は荒川の歴史や文化、人々の暮らしなどわかりやすいビジュアルで展示してあります。この写真は山から伐りだした木を即席のダムを作って、水の手を切り、その水勢をもって丸太を一気に流す「鉄砲堰」の実演。すごい迫力。
今回のテーマである「荒川の西遷」についてもここで学びました。館内に入ると最初に伊奈忠次の人形が荒川の西遷について解説していたので、とても分かりやすいです。

今回使った教材(資料は荒川上流河川事務所より)
*タイトル下のURLをクリックすると荒川上流河川事務所作成のPDFに飛びます

荒川の瀬替え
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000659524.pdf

荒川の水運
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000670423.pdf

荒川の洪水
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000670309.pdf


 そもそも荒川の西遷は武蔵国東部低地の洪水防除とその辺りの耕地化、江戸の洪水防除、秩父地方との水運を開くなど、家康・忠次の関東のグランドデザインの一環として施工されました。その結果、入府当時の関東の諸課題の多くが解決しました。無論それが完全無欠ではなく、荒川が西に移し替えられたおかげで、荒川右岸(西側)の地域は氾濫原に設定され、これ以後しょっちゅう洪水の被害に悩まされることになるのです。しかし、利根川東遷や荒川の西遷を徳川幕府や伊奈家が異常な情熱と費用と時間を費やして、この400年前に行っていなかったならば、後の治水や開発はより困難を伴うものになり、特に東京は治水上決定的な欠陥を抱えたままになっていたことでしょう。今日首都として機能を果たせているのは、じつに先人の血と汗の賜物なのです。重機もコンクリートもない時代にこの大事業を成し遂げた彼らは、偉人中の偉人と言ってよいでしょう。


 川の博物館を後にして向かったのが長瀞の宝登山神社。ここには400年前伊奈忠次が献木した桜が植わっています。徳川家康が関東に入府した当時、全く見知らぬ土地で、しかも小田原の北條氏が滅ぼされた直後とあって、民心をどう治めるかが最も重要なテーマでした。北條氏の遺臣、在地土豪、中でも寺社勢力は大きな勢力を持っていて、対応を間違えるとたちまち反乱の求心力と化す恐れがありました。何しろ家康自身、三河の一向一揆で存亡の危機に立たされた経験があるので、とりわけ慎重に懐柔しなければならないとの意識が強かったのです。そこで寺社政策を任された忠次は、寺社に領地や無租税地を与えたり、社殿を再建したりと、大変に気を使いました。その一環としての桜の献木だったのです。秩父ではこの他、秩父神社や三峰神社にも同様のことをしています。

 伊奈桜の前で記念撮影。後ろにあるのが伊奈桜の2代目。あまり元気がないので、今は孫植えをしています。
宝登山神社拝殿。足の達者な人は参拝に行きました。

その後長瀞に移動しました
 岩畳の上に立つ
 桜が咲いていればなぁ、と残念に思います。
 時間をたっぷり取ったので、お土産を存分に買い込む
長瀞の駅舎、インスタ映えしますなぁ

最後に花園フォレストに寄りました。ここはバラ園と洋菓子のリゾートランドです。
門をくぐるとバラ園ですが、、。
 残念ながら薔薇も咲いていませんでした。
しかし、焼き菓子のアウトレット、ケーキなどの生菓子、ピザとケーキのビュッフェ、喫茶コーナーなど。お土産とスイーツを堪能しました。疲れが取れました。

この後天候が悪化したので、時間を繰り上げて帰途につきました。予定より30分早く新井宿駅に到着。皆さん元気に帰りました。
バスツアーは今年はこれで終わり。次回は来年の秋に予定しています。ぜひまたお会いしましょう。ではまた。
以上報告でした。

2018年4月15日日曜日

アルピーノ村ーツーリング団

 3月31日(土)散歩部ツーリング団による「見沼田んぼ桜回廊サイクリング大会」が盛大に挙行された。当会散歩部は散歩を日課とするメンバーが中心となって結成された部会であるが、その活動は日課の散歩であり、普段集まることはない。しかし、ツーリング団は毎年桜の時期に自転車で見沼田んぼをサイクリングすることを恒例としている。
 今回の旅は東内野にあるM団長の家から見沼通船掘ー浦和くらしの博物館民家園ー氷川女体神社などを、おもに見沼代用水西縁を通って、さいたま新都心の「アルピーノ村」にて昼食をとる計画である。
 私は翌日の木風堂茶屋(桜まつり)の準備があるので、昼食だけ共にすることにした。JRに乗って、さいたま新都心駅東口を出て、コクーンシティを抜けると、そこにアルピーノ村があった。

アルピーノ村とは?


alpino's Roots
1969年4月25日、一軒家の欧風レストランとして産声をあげたアルピーノ。
10年後にフランス料理の専門店へと成長しました。
その時、パスタのリクエストに応えて<すぱげってえ屋さん>のちにイタリア料理イルクオーレがオープン。
当時お店で人気だった手作りケーキがきっかけで<お菓子やさん>が誕生し、美味しいフランスパンが焼けるようになりました。
そして、ごはん党のリクエストから<素敵屋さん>が登場。

たくさんのお客様に育てられ、現在のアルピーノ村になりました。これからも進化し続けます。
個性あふれるアルピーノ村へどうぞお越しください。


*詳細はアルピーノ村ホームページをご覧ください。↓
http://www.alpino.co.jp/

イタリア料理店「イルクオーレ」
 洋食の「素敵屋さん」
イベントカレンダー
 
ちなみにフランス料理のアルピーノやお菓子屋さんは首都高速埼玉新都心線の道路を挟んで反対側にあり、あちらを右岸、こちらを左岸と呼んでいる。とってもシャレオツ!川口には無いなぁ。
 
すでにツーリング団は到着していた。12~3km走ってきたが疲れた様子もない。
 
 本日の昼食場所は洋食の「素敵屋さん」。古民家を改築した外観と内装は純和風だが、出されるのは洋食とあって、独特のオシャレ感がある。
 中に入ると早速注文。それぞれビーフシチュー、カニクリームコロッケ、ローストビーフ丼のランチをチョイス。
 
 カニクリームコロッケランチ
ローストビーフ丼*ビーフシチューは撮影に失敗
 
 
 美食に舌鼓を打ちながら、旅の様子を拝聴する。スマホの画像を見せてもらいながら桜の咲き具合、見どころを確認する。後日当ブログにアップするためだ。
 

 ツーリングの様子1
 ツーリングの様子2
ツーリングの様子3

 
ツーリングの様子4
 

見沼田んぼは見どころ一杯だなぁ。私も行きたかった。
 
食後に素敵屋さんの前で記念撮影。このあとツーリング団は来た道を帰っていく。ご苦労なことだ。
 
 

 見送りをしようと待っていると、何故かなかなか帰ろうとしない。「もう帰っていいよ」と言われるが、そうはいかないと思って待っていると、何か様子がおかしい。そういえば自転車がない。
 それじゃ!と言いながら彼らが乗り込んだのはこの車。バムッ!とドアを閉めて「撮っちゃだめだよ」と言い捨てて去っていった。
サイクリングじゃねえじゃん。

ツーリング団よ、手抜きはいかんだろ。
以上報告でした。

2018年4月13日金曜日

第7回クマガイソウ祭りー根岸小学校

 毎年恒例のクマガイソウ祭りが始まりました。今年で7回目。回を重ねるごとに内容が充実してきています。当会も協力していますので、興味のある方はぜひ見に行ってください。貴重ですよ。
 公開はすでに始まっており、今月末まで。時間は10時~14時までです。職員室玄関前にて記帳してから見学してください。
クマガイソウまつり実行委員会からもらったチラシ
 
チラシの裏は学校内の様々な植物の分布図になっています。
 
 
当会メンバー和菓子の「中ばし」と実行委員会のコラボで生まれた「母衣花」。売り上げの一部をクマガイソウの保護活動に充てています。
 「母衣花」。クマガイソウの語源になった熊谷直実の母衣から名前を取っています。なかなか良いセンス。
こちらは「くまるん」まんじゅう。くまるんは根岸小学校の児童がつくったイメージキャラクターなのです。

今年は開花が早く、見ごろは4月16日から1週間辺りだそうです。そこでお知らせです。

くまるん茶屋「母衣庵」

4月16日(月)から19日(水)
今回教室の一部をお借りしてオープンします。
和菓子と抹茶が楽しめます。

これはぜひ行かねば!!
この茶屋には当会も蛇の目傘や縁台などを提供して雰囲気づくりに協力しています。みなさんぜひお立ち寄りくださいませ!
以上

2018年3月23日金曜日

お女郎縁起考 大宮宿編その2

過去の記事連載!お女郎縁起考(当会ホームページより)http://araijuku2011.jp/%e9%80%a3%e8%bc%89%ef%bc%81%e3%81%8a%e5%a5%b3%e9%83%8e%e7%b8%81%e8%b5%b7%e8%80%83/

その続き
お女郎縁起考 大宮宿編(当会ホームページより)
http://araijuku2011.jp/1486-2/


神道徳次郎

神道徳次郎とはいかなる人物か?
 真刀 徳次郎(しんとう とくじろう、宝暦11年(1761年) - 寛政元年(1789年)6月は、江戸時代の盗賊。別名、神稲小僧(しんとうこぞう)。名前は真刀とも神稲とも読みますが、徳次郎が題材となった講談は神道徳次郎で呼ばれているので、以下神道徳次郎を使います。
  徳次郎がどのような罪を犯していたのか。「幕府届申渡抄録」という記録にはこう書いてあります。

 「そのほうは、奥州(東北)、常州(茨城県)、上総(千葉県)、上野(群馬県)、下野(栃木県)、武州(埼玉・東京)の関東筋、そのほか関東近国やその村々数百か所に忍び入り、あるいは強盗を働き、「道中御用」という絵符を建て、刀をたずさえ、野袴を着た者どもを引き連れ、あるいは渡りの盗賊を若党に仕立てて召し連れ、問屋場では相応のご用向きであると申し偽り、あるいは「御用」と書いた提灯を持たせ、提灯にはろうそくを灯し、お寺や修験者の家、百姓家の土蔵、町屋の入り口をこじ開け、押し開け、開け放って、あるいは火縄で錠前部分を焼け切り、脇差を抜刀し、頭取を先頭に押し入り、家の者を縛り置き、「声を建てた者は惨殺す」と言い渡し、金銀・衣服・反物・脇差や、その他の品々を覚えきれぬほど盗み、奪い、これらを部下の常松(22才)、伊勢松(18才)、丈助(19才)、山番人藤八やその他の従者に銘じて、市場や通りがかりの古着屋に売却、質入れさせ、その売却代金を仲間に分配、残金は飲み食い遊興に使い捨て、それのみか出家した人や百姓を惨殺し、あるいは手傷を負わせた。その他さまざまな悪事を行い、この数百か所に及ぶ夜盗の所業、重々不届きにつき、町中引き回しのうえ、武州大宮宿において獄門執行を申し渡す。」
国立国会図書館デジタルコレクションより


 徳次郎一党は関東及び東北あたりまで数百か所で強盗を働き、金銀を盗み、あらゆる物品を売り捌き、それで得た金を仲間に分配し、残った金で豪遊していたという。また、役人に変装し、御用であると称し、関所や問屋場をすり抜けて、捕吏の追捕を逃れていたようです。そしてまた、僧や百姓を惨殺したり、けがを負わせたりと、誠に傍若無人、凶悪至極、大胆不敵、神出鬼没の公儀を恐れぬ広域盗賊団だったということです。関東の民は彼らのせいで恐怖のどん底に落とされたのは言うまでもありません。

 そもそもこの天明年間(1781年から1789年)とは異常気象、浅間山の大噴火で農作物に壊滅的な被害が生じ、江戸時代最悪の飢饉になりました。特に東北・関東の被害は甚大で、餓死するものが相次ぎ、江戸に流民が押し寄せるなど治安も最悪な状況になりました。以前にも述べましたが、この時期関東の隅々まで影響力のあった伊奈家の内紛による機能不全、田沼意次と松平定信の熾烈な権力争いにより一時的に見直の空白が生じたことが治安悪化に拍車をかけたのですが、むしろそれ以前から、幕府開府以来約200年がたち、農業を中心とする単純な経済構造から、商品経済、貨幣経済が農村にまで浸透し、貧富の差が生じ、没落する百姓が徐々に増えてきたことが背景にあります。幕府の改革のほとんどは帰農政策、農村復興だったことがそれを物語っています。しかし、社会が安定すれば商品経済、貨幣経済が発達することは止めようがなく、幕府も大名もその流れに飲まれて、この頃には武士の誰もが借金まみれとなって、その権威が失墜しつつあったのです。

 徳次郎一党は二十歳前後の不良たちを中心とした犯罪集団で、大荒れの時代に現れたあだ花というべき存在です。多感な時期に飢饉を生き抜き、江戸の打ち壊しや絹一揆などの民衆暴動を目の当たりにしてきたので、おのずからすさんだ生き方になってしまったのだと思います。そんな彼らが頭目と仰いだ徳次郎も28才。神道流という剣術の達人だったといいます。腕っぷしもさることながら、犯罪の手口、役人に化けて追捕をかわすなど、不敵で巧妙です。また、金品は仲間に分けるなど人心掌握も心得ていたことがうかがえます。一説によると数十人の部下の他にかかわりのあった手下は数百人いたといいますから、まさに若いアウトローたちのカリスマ的存在だったのです。
 しかし、彼らは前述のように寛政元年(1789年)4月、大宮宿で彼ら一味の隠れ家になっていた四恩寺の閻魔堂に居るところを一網打尽にされています。捕らえたのは誰あろう火付盗賊改方長官、長谷川平蔵宣以(のぶため)。そう、あの鬼平だったのです。


*参考資料・文献 国立国会図書館デジタルコレクション「神道徳次郎」、新人物往来社 「鬼平 長谷川平蔵の生涯」重松一義、フジテレビ番組HP

次号に続く


2018年3月17日土曜日

新井宿・赤山さくら祭りのお知らせ

 毎年恒例の新井宿・赤山の桜イベントです。新井宿駅その他でガイドマップを配布しますので、それぞれの桜の名所に茶屋やオープンカフェを開いてお待ちしております。満開の桜の下でちょっと一服!花卉の里新井宿・赤山の春を満喫してください。

*雨天の場合中止・変更の判断は当会HP、ブログで告知させていただきます。
木風堂茶屋
開催日 4月1日(日)
時間  9:30~13:30
場所  木風堂 川口市安行領根岸2244(グリーンセンター第2駐車場隣)
内容  採れたて神根野菜の販売、甘酒、和菓子など販売


さくら祭り
前夜祭 3月31日(土)17:00~19:00
本祭  4月1日(日) 9:00~15:00頃
場所  江川グランド 川口市大字赤山1143
内容  飲食出店多数 4月1日11時ごろより太鼓・お琴の演奏などあり。
駐車場 なし


陣屋カフェ
開催日 3月25日(日) 10:30~14:30
    4月1日(日)  10:30~14:30
場所  赤山城跡碑前田中邸
内容  石窯ピザ、おこわ、コーヒーなど
駐車場 なし


江川グランドそばの歩道橋からは開園間近のめぐりの森が一望できます

諸注意
1、 新井宿・赤山さくら祭りはフリーウォーキングイベントです。 *ウォーキング中の事故・怪我等には責任を負えませんので十分にご注意ください。
2、 雨天は中止する場合がありますのでご容赦ください。また、天候などにより内容が変更になる場合がありますので、ご容赦ください。

 
 
主催 AGC新井宿駅と地域まちづくり協議会・さくらの会・赤山陣屋の会