2018年5月1日火曜日

NHKスペシャル大江戸に伊奈忠治・忠克父子が


4月29日に放送されたNHKスペシャル大江戸第1集「世界最大!! サムライが築いた“水の都”」が放送されました。
世界最大の100万都市江戸がどのように作られたのかを追うドキュメンタリーですが、玉川上水の工事を担当した伊奈忠治と忠克父子が紹介されていました。
再放送は5月2日(水)午前0時40分(55分)NHK総合ですので、ぜひご視聴してください。
番組ホームページ
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586923/index.html?c=top

番組の構成は、豊臣秀吉から関東移封を命じられ、江戸入りをした徳川家康は、湿地ばかり広がる寒村だった江戸の大改造を決意します。やがて関ヶ原の戦いで天下を掌握し、全国の大名に天下普請といわれる大工事に着手します。江戸城を中心にらせん状に堀を掘り、それを水路として江戸の隅々まで船が行き交う水の都を実現しました。膨大な量の巨石を運び、軟弱な地盤の上に石垣を築く工事を担当した大名たちの苦闘を描いています。
番組の終盤では、激増する江戸の人口を養うために飲料水の確保が待ったなしとなり、玉川上水の開削が計画され、その水道奉行として伊奈忠治・忠克父子が出てきます。
取水口の変更や水喰土に当たったりして工事は難航しましたが、承応2年(1653)についに完成しました。多摩川の羽村から取水した水は四谷の大木戸まで来て、その後は市中に埋め込まれた樋管を通って隅々まで配水されました。世界でも例を見ない規模と技術でした。

 多摩川の羽村取水口
 取水口
取水口から勢いよく水が出ています。この水が43キロ先の四谷まで流れています。
 
工事を担当した玉川兄弟。この功績により玉川上水役に任ぜられました。
 
源長寺伊奈家頌徳碑にこうあります。

「承応元年(1652 年)今大君(4 代徳川家綱)の命を奉じ、新たに武蔵七十余里を鑿(ひら)き、始めて多摩川の水を通じ(玉川上水)、而して城下比屋の井、皆その利を得、行旅歴過(旅に行き交う)の人、各その便を得たり」

玉川上水は発案と工事を請け負った玉川兄弟や羽村の取水口に変更した川越藩の安松金右衛門の功績が喧伝されていますが、実際の工事は伊奈家の監督するところが大きかったのでしょう。
武蔵野台地の尾根筋を選んで掘り進みましたが、100mでわずか2cmの勾配は奇跡と言われています。このあたりに伊奈流の技術が発揮されています。上水工事の時期の伊奈忠治は利根川東遷が大詰めを迎えていて、非常に心労が大きかったらしく、工事の途中で没してしまいます。そして、忠克はその志を受け継いで工事を完成させ、翌年には赤堀川を掘削し、ついに利根川の水を銚子沖へと導いています。
伊奈3代は誠にドラマチックです。

0 件のコメント: